マージおじさんとボグヴァーツ特急 著:日下部 峰雪
第4章 (第22話〜第27話) 全文通読
所変わってここはボグヴァーツ魔法学院、その中枢の最も高いところにある校長の執務室。 晴れていればこの上もなく見晴らしのいい、飛行禁止区域でもあるこのボグヴァーツ宮殿の最上層の窓の外は曇りきっていて薄暗かったが、明かりを点けるでもなく、二人の人間が大きな机を挟んで座っている。
部屋は狭くはなかったが飾り気もなく、敷物の一つも敷かれてはおらず、装飾はといえば暖炉の上に掛けられた絵一枚という程度である。
二人のうちの一人はこの薄暗い執務室の主、ボグヴァーツ魔法学院の校長…魔法世界の名士にして連邦の最高権力者である。彼はあらゆる政敵を葬り倒し、今や魔法世界のすべての権力をその鋼鉄の掌に握りこまんとする東方の超人で、その名をアルバス・ヨシフ・ヴィサリオノヴィチ・シュガシヴィリ、通称ダンブルドアと呼ばれていた。
机をはさんでダンブルドアと対面しているのは、同じく学院の教授でもあり、行政にも強い発言力を持っている連邦bQ、内務人民委員会長官マクゴナガレフ、通称ミネルバである。
そのミネルバ・マクゴナガレフは、事の重大さにしばし中断していた会話に再び息を吹き込もうとでもするかのように口を開く。しかし、その口調はやはり重々しいものだった。
「・・・ですが、ファシスト兵共はともかく、例の老人共や他の連中はまだ『水瓶』の所在に気付いた訳ではありません。連中もまだ当分は身動きが取れないでしょう。イギリス政府との関係を考慮しても、この問題は保留にしておいても当面問題はないと思われます。・・・報告を続けます、同志ダンブルドア。例の、ロンドンのガード任務に当たらせていた工作員からの連絡が途絶えました。」
それまで静止していたダンブルドアはようやく、そのへの字型の眉の片方をゆがめつつ愛用のパイプからひとつ煙を吐き出すと、射るような視線をマクゴナガレフに向けた。
その視線を直視できなかったのか、マクゴナガレフは書類に視線を落とす。
「近隣の工作員からの報告によりますと、35年憲法の288条に対する違反・・・つまりマグル界に於ける魔法の発動、それが確認され、件の工作員はその揉み消しと追跡にあたっている最中に消息を絶ったようです。」
「・・・ほほう、法律に違反・・魔力の発動。例のファシスト共か?」
「いいえ、同志ダンブルドア。術者は・・・ハリー・ポッターです。」
「なんだと、奴が工作員に気付き、そして始末したというのか?・・内務人民委員会はそれでもボグシェビキの精鋭魔術師団を自称するつもりか?面白いな、『内務人民委員会長官』!」
ダンブルドアの皮肉も意に介さず、マクゴナガレフは淡々と続けた。
「いいえ、彼の思想傾向に問題はありません。魔法の発動は小規模なもので、いたずら程度のものと推定されます。工作員行方不明の直接的原因はほかにあると思われます。現在調査中です。また工作員の失踪と前後して、ロンドン駅の警備にも一時的な隙ができていたようです。警備兵が近隣で発生した事件の為に、一箇所におびき寄せられていた時間的空白があったとのことです。これは明らかにファシスト共のしわざです。この間鉄道には素人でも入り込む余地があったようです。それに付随してもう一つ、この件との関係性は不明でまだはっきりとした事は分かりませんが、我々のボグヴァーツに鼠が入り込んだようです。」
「ハリーの規則違反については厳重注意でよかろう。それより何者だ、鼠とは?」
「まだ分かりませんが、放置すれば我々の情報が敵に漏洩する恐れがあります。興味深いことには、これもまたハリー・ポッターの近隣で動いているようです。学院の職員を何人かランダムに逮捕させてスパイの情報を集めてはいますが、まだ洗えません。何らかのものに変身している可能性があります。」
「ハリー・ポッターは敵をおびき寄せる餌だ、と同時に我々の宣伝の格好の題材だ。連邦内にさえ未だ我々に従わない勢力も少なくはない。やつらに言うことを聞かせるためにハリー・ポッターは必要だ。奴が我々の手の内にある限り、元老院も我々には逆らえまい。今奴を危険に晒す訳にはいかんな。ハリー・ポッターの警備をさらに厳重にしろ、従来の警備体制ではどうも穴があるようだ。…それから、どうもロンドン方面の保安責任者は不適任のようだな、ミネルバ。」
「同方面の保安責任者は処刑しました、同志ダンブルドア。」
「うむ。いずれにせよ、モルダビアの連絡員のもたらした情報が正しければ、ファシスト共のグリコフ攻撃は近いと思われる。鉄道の復旧を急がせろ。そして今度こそ、連中の攻撃意思を粉砕しろ。失敗は許されんぞミネルバ。」
「はっ、肝に銘じておきます同志ダンブルドア。」
どこが呑気なものか、まさに恐怖政治である。
列車から降りたハリーは、心弾む思いでボグヴァーツに向かって歩き出していたが、道中の様子が去年までとはずいぶん違うことに驚いた。学院へ向かう道の随所に、例年とは比較にならない数の歩哨が配置されていたのだ。
そんな物々しい雰囲気にすっかり萎縮してしまっていると、不意に背後から気配を感じる。立ち止まって振り向き、二人の男を視野の端に捉えたその刹那、ハリーは力ずくで拘束され目隠しをされた。男たちは抵抗する間も与えず、赤い星のエンブレムのついた黒塗りの大型の箒に乗って、ハリーどこぞへ連れ去った。
それから三十分ほど経っただろうか、ハリーは箒から降ろされ、やや小さめの椅子に拘束されていた。とうに抵抗する気力も失せ果てていると、ふいに目隠しを外された。部屋の中にはハリーの座っている椅子がひとつと、その正面に三つほどのパイプ椅子がこちらを向いて置かれ、向かい合う椅子の間にはテーブルがある。 装飾を見る限り、どうやらボグヴァーツのどこかのようだ。
ぼんやりと部屋を眺めていると、マクゴナガレフ先生が将校と衛兵を伴って現れた。初めて見る軍属と、先生や彼らの放つ物々しい雰囲気に気圧され、これからひどい目に合わされるのではないかと怯えるあまり、ハリーは座ったまま腰が抜けてしまった。
マクゴナガレフ先生は中央の椅子に座ると、唐突にハリーに呼びかけた。
「ハリー・ポッター。どうしてあなたがここに呼ばれたのか、わかりますか?」
しかしハリーはすっかり腰が抜けてしまっていて、首を横に振るのが精一杯である。
「あなたはマグル界において魔法を使いましたね?知らないとは言わせませんよ。」
しかしハリーには心当たりがない。
しばらくハリーがまごついていると、お付きの将校が持っていた書類を読み上げた。
「・・・・日に、ハリー・ポッターはロンドン近郊のプリペット通りの自宅において、親戚に対して小規模の魔法を発動した。時刻は・・・・」
一通り書類が読み上げられるのを聞いていたマクゴナガレフは頷き、もうそれまででいいと将校を促し、ハリーに向き直ると言葉を続けた。
「ハリー・ポッター。どうしてあんな事をしましたか?」
気が動転しながらも、例の逆襲に思い当たったハリーは言葉を継いだ。
「僕の名誉が損なわれたからです。」
一瞬、薄い笑みを浮かべた後、マクゴナガレフ先生は頷いた。その僅かなやり取りの中で、先生はどこまで状況を知っているんだろうかと、ハリーは空恐ろしくなった。
「まあ良いでしょう、我々はマグル界においては魔法を使用してはならない事になっています。何故だか分かりますか?」
そういって、マクゴナガレフ先生は少し言葉を切った。無論ハリーの返答に期待しているわけではない。
「それがマグルの弱さなのですよ。・・と同時に我々の弱さでもある。人と我々は相容れない。何より、魔法を使って辛い思いをするのはあなた自身ですよ?そもそもこれは法律なのです。」
一瞬先生が目を伏せたのに、ハリーが気付く事はなかった。
「・・とにかく以後気をつけなさい。あなたのミスのせいでどんなことが起こるか、私にも予想できません。予測不能の事態、思わぬ方向からの影響、これらが生じたとき、あなたにその責任が取れますか?」
マクゴナガレフの視線は、眼鏡の光の反射の向うに読み取れない。
「・・・・。」
ハリーはしかし、どんな影響が生じるのか想像すらできなかった。後に彼の知らないところで彼の些細な、このたった一回のいたずらが、絶対者ダンブルドアの世界戦略にすら影響を与えてしまうとは!
程なく注意が終わり、戻ってよいといわれたハリーは、ようやくそこが講義棟の最上階にある会議室であると気付いた。
帰る道すがら、次第に緊張のほぐれて来たハリーには次々と疑問が湧いて来た。歩きながらハリーは考える。
「ちぇっ、それにしてもどうしてあんな程度のいたずらが魔法省にばれたんだろう?まさかマージのおっさんがチクったとか?・・なら今度コテンパンにしてやる!」
暗がりに一人強がって、ハリーはみんなのいる所へ戻って行った。 しかし結局、ハリーは最後までこの謎を解くことはできないのである。 そして彼の知らない世界でこの話は語られている。
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