
マージおじさんとボグヴァーツ特急 著:日下部 峰雪
第3章 (第15話〜第21話) 全文通読
バーノンおじさんとペチュニアおばさんはロンドンの駅までハリーを送りに来ていた。 おじさんは落ち着きなく周囲を窺っている。というのも全くもってけしからん“九と四分の三番線”とやらに近付くにつれ、おそらくはハリーと同類の“けしからん”連中と思われる者が増えていくのを、確かに感じるからである。
なるほど、行き交う者達の服のセンスや仕草、端々から聞くともなしに聞こえてくる奇怪な単語は、如実にそれを物語っていた。
下手をすると何をされるか分からない…。おじさんはいつもにも増して神経質になっていた。おばさんもおじさんに寄り添う。無論、恐怖からだ。
そんな二人の心中が手に取るようにわかって、ハリーは満足気である。
「・・・あれぇ?おじさん、顔色が悪いよ。全く、クィディッチって素敵だよねぇ?」
ハリーはさっきから、普段ではありえないくらい饒舌におじさんに話しかけている。よりにもよって魔法の世界の話を、だ。
当然ハリーも、周りには自分と同じ魔法使いがたくさんいて、さらに自分がその中にあってアイドルであることを十二分に承知していた。さらにそれに根拠を与えてくれる、時々自分の顔を見つけるや挨拶をしてゆく人々の存在をこれ見よがしにおじさんおばさんにアピールし、勝利に浸っていた。
バーノンおじさんはそのことが不愉快でならなかったが、ああそうだな…ああそうだな…と、相槌を打つことしかできなかった。あまりに分が悪いことくらい、言われなくても分かっている。
と、駅員達が心なしか血相を変えて駅の出口へ走り去っていく。何かあったのだろうか。
やがてボグヴァーツ行きの汽車が待つ九と四分の三番線の付近に親友ロンの姿を認めると、ハリーはこのやり取りにも飽きて、おじさんからトランクを受け取り、おじさん達に簡単に挨拶を済ませてそのまま走り去った。
そして、十番線と九番線の入り口の間にハリーの姿がすっと消えたのを確認すると、おじさんはようやく行ったか、とため息をつき、同じくほっとしているペチュニアおばさんとともにその場を後にしようとした。
しかし、きびすを返そうとした直前、先ほど駅員が走り去って行った方向から床を踏み抜かんばかりのすさまじい足音が近づいて来て、そしてたちまちのうちに凄まじい勢いで脇を通り過ぎた為に、二人は呆然として凝固してしまったのであった。
「待てええぇ〜い!!くそがきめええええ!!!」
堂々たる体躯に原色のスカートをはいたけばけばしい後姿は怒号を発し、水牛のような足音を残しながら・・・、やはり十番線と九番線の間に掻き消えた。
しばらく茫然自失としていたペチュニアおばさんは、ようやく我に返って夫の顔を窺う。
「ねえ・・、今の・・マージさんじゃなくって?」
しかし同じく呆気にとられていたバーノンおじさんは、今の異常な出来事を受け入れようとしない。
「いや、わしは何も見んかったぞ!何もな!・・どうも疲れておるようだ、ともかく帰ろう。」
無論、おばさんにも異存があるはずがない。 そのまま二人は、無言で足早にその場から引き返した。
ボグヴァーツ特急はいつ見ても立派だ。お世辞抜きでハリーはそう思う。少し抑え目のワインレッドの車体に白銀のフレーム、ところどころについている金色の星型の中に、大鎌とハンマーを組み合わせた紋章が燦然と輝いている。
そして二つか三つの客車車両ごとに、76.2o砲が二門装備された最新の装甲列車砲列が連結されており、さながら陸上の戦艦とも言うべき偉容を誇っている。
ハリーはロンと同じコンパートメントにトランクを押し込み終えると、見るともなしにコンパートメントの中の絢爛たる内装を眺めて、疾走する列車に揺られ寛いでいた。
ボグヴァーツ校の生徒を満載した列車はこの上もなく賑やかである。しかしハリーは、なぜか騒ごうという気にはなれなかった。虫の知らせというやつだろうか。すぐ外の廊下には、蛙が逃げ出したとかで慌てている上級生や、今年の新入生にオーガーの子供がいると騒いで見に行こうとする生徒達などが、様々に入り乱れていた。
「ねえ、ハリー。」
不意の呼びかけにハリーが目を移すと、ロンが廊下の方を見ている。
「何?」
ハリーはけだるそうに答えた。
「その新入生のオーガーってのを見に行こうぜ。僕は今まで実物のオーガーなんて見たことないんだよ。ね?」
しかしハリーはいま動く気にはなれなかった。動きたくなかった。
「別にいいよ。どうせ嫌でも学校で見ることになるんだしさ。わざわざ人ごみの中にもみくちゃにされにいく必要もないし。」
しかしロンはなおも食い下がる。
「どうしたんだい、ハリー?列車酔いかい?気分でも悪いのかい?」
「それもあるけどね、とにかくなぜか今は気が乗らないんだ。行くなら君一人でいけばいいじゃない。」
「ちぇっ、つれないな。いいよ、僕も行く気が失せた。それより魔法使いトレーディングカードを見てみようぜ?とりあえず10パックほどある。」
「うん。」
「どれ…、おっ!いきなり“最後の吸血鬼カミラ=イスヴェチノワ”か。レアいんだぜハリー、これ。」
なるほど、見ればいかにも古風な絵が、意地の悪そうな目をこちらに向けている。
こうして二人はカードに一喜一憂しながら(魔法生物“地獄の帝王エスターク”のカードが六枚ほどダブってしまったが)、取り留めのない話をして、まあそれなりに列車での旅を楽しんだ。
マージおじさんは怒り狂っていた。もう、どこをどうしてここまで来たのか分からない。とりあえずハリーを追って汽車のホームまで来たはいいが、一列だけ止まっていた真っ赤な車体に金の紋章をあしらった列車に乗り込んでから、ハリーがどこにいるかなんて全然知らない事に気付いた。
しかし、運悪くその時には汽車はもうもうと煙を吐いてホームを離れ始めていた為、既に退くことすらできない有様であった。
マージおじさんは、乗るときに一瞥したこの列車の形に覚えがあった。
(!、まさか、これは・・・PT-35ッ!?)
細かい装飾は異なるものの、非常によく似ているように思われた。
しかしこの考えは即、振り払われる。 そんな物がこの国、この時代に存在しているわけがない。その列車は少なくとも四十年程前には歴史から姿を消している筈である。
気付いてみれば、周囲からはみょうちきりんな格好をした少年少女が奇異の視線を送ってきていた。
「・・ねえ、あんなのいたかしら?」
「今年から入る奴なんじゃねーの?」
「げっ、あれで下級生かよ?」
「ってゆうかぁ、あれって人間?」
「ぶっちゃけ、今年から入る用務員のおじさんかなんかじゃね?」
「おいっ、こっちを見たぞ!」
そのうちに、一人の生徒が物知り気にこう言い出した。
「俺の記憶が正しけりゃ、あれはオーガーの子供だな。」
・・・オーガー?・・・ざわざわと、知ったかぶりの発言にどんどん話の輪は広まってゆく。
しまいには一時間もしないうちに列車中に噂が広まり、事態はますます紛糾した。マージおじさんはといえば、その頃には朝からの空腹に耐えかねて列車の床に座り込み、怒る気力もなくなっていた。
取り巻きは初めのうちこそガヤガヤやっていたが、そのおじさんの様子を見ると徐々に静かになっていった。
やがて、取り巻きの中から一人の下級生が、持っていたお菓子をおずおずと差し出した。すると周囲の皆もそれに倣って、あわれなマージおじさんに食べ物を渡しだした。おじさんはそれを受け取ると夢中で喰らいついた。
こうしておじさんの気持ちも落ち着いていくかに見えたが、途中でとんでもないことが起こった。
まったく魔法世界のお菓子というものは恐ろしい。まずはバーディ・ボッツの百味ビーンズである。それにとんでもない味のものが混じっていたのだ。極彩色のオレンジのそれが何の味であるのかは…恐ろしくてとても言えない。
ビーンズを口にしたおじさんは一瞬の沈黙の後、咆哮をあげたが、その時にはおじさんの舌が三倍ほどに膨れ上がり始めていた。…ベロベロキャンディである。
一瞬にして怒り心頭に発したおじさんは生徒たちに手当たり次第に襲いかろうとしたが、その刹那、おじさんの体が今度はみるみるコウモリのように変形してゆく。おじさんはひとしきり飛び回るうちに完全なコウモリになり、その姿のままめちゃめちゃに怒って暴れまわり、半時ほどしてようやく元に戻った。
元に戻ったもののおじさんの怒りは収まろうはずもない。
「なんじゃあこりゃああ!!貴様らあ、このならず者どもめ!!なめとんのかぁ!!」
あまりの剣幕に取り巻きが一斉に後ずさる…、しかしおじさんの怒りは再び遮られた。汽車のアナウンスが、ボグヴァーツが近いことを知らせたのだ。
生徒達はてんでに荷物を取りにコンパートメントに戻っていき、取り巻きは瞬く間にしぼんでゆく。
様子の一変に、腹も一通り膨れたおじさんは、戻ろうとする生徒の一人の襟首をむんずとつかみ、とりあえず必要な情報を吐かせようとする。
「おい、この汽車はどこに向かっている?」
下級生と思われる生徒の少年は、一瞬怯えていたがすぐに気を取り戻し、あきれたように答える。
「学校に決まってるじゃないか。」
それを聞いて、おじさんは少し考えるように頷くと本題に入る。
「それは、ハリー・ポッターが通っている学校かい?」
「なに、君もハリーのファンかい?無論そうだとも!」
それを聞くと、おじさんはおもむろに拳骨でその生徒の頭を殴って追い払った。あわれな生徒はそのまま泣きながら去っていった。
ふと窓の外を見ると、景色がだんだんゆっくりになる。列車は減速に入ったようだ。
「ならいっそ、このままならず者共の蟻の巣に乗り込んでやろうじゃないか。そこであのくそがきを連中諸共とっちめてやる!ふん、今のうちにせいぜい幸せを満喫しておくこった。」
そしてマージおじさんは臆することもなく、列車から降りる群衆に混じってボグヴァーツ校に向かったのであった。
この直後、皮肉にも常人(マグル)離れした彼女のファッションセンスと容姿は、デスイーターの襲撃に備えて道々に配されたボグヴァーツ市の歩哨たちに、よもやマグルが入り込んでいるとは露とも疑わせなかったのである。
「・・・はい、分かりました。はい、それは心配ありませんので、はい、…では戻ってきましたらお電話しますので、ご苦労様です。」
ペチュニアおばさんはくたびれきったように受話器を置いた。
「ねえ、あなた・・・」
食事をとっているバーノンおじさんにペチュニアおばさんは語り掛ける。バーノンおじさんは新聞に目を遣り、聞いているのかいないのかわからぬ風である。
構わずおばさんは続けた。
「マージさんの事なんですけどね・・やっぱりまだ戻ってないんですって。彼女のうちのお手伝いさんからどうしたらいいかって聞かれたから、とりあえず今は急な用事で出かけていると言っておいたわ・・。ねえ!あなたってば!どうしましょう、やっぱりあれはマージさんだったんだわ、やっぱり警察に知らせたほうが・・」
しかしバーノンおじさんはさっさと話を打ち切った。
「関係ない!わしは何も見とらんぞ!あんなきちがいじみた能天気なだらしのない連中のことなんぞ考えたくもない!こんなことで奴らに絡まれてたまるか!」
ペチュニアおばさんももうこれまでだと思い、会話を打ち切ることにした。
憐れなのは放置された犬たちである。誰が餌を与えるというのだろうか。 ・・・それにしてもしかし、魔法世界の住人は能天気でだらしないとバーノンおじさんは言っていた。・・・果たしてそうだろうか?
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