
マージおじさんとボグヴァーツ特急 著:日下部 峰雪
第2章 (第9話〜第14話) 全文通読
ダーズリー家から帰る道すがら、マージおじさんにはどうにも腑に落ちないことがあった。
(…どうも背後で通行人があたしを見て笑っているような気がする。)
別段、それ自体はよくある事で珍しい事でもなんでもない。愉快な体型と髭を蓄え、好んで原色のスカートをはくマージおじさんが通りを歩けば、一人二人笑うものがいても不思議ではあるまい。
(でもねぇ、今日は数がいやに多いじゃないか)
今でこそ見る影もないが、マージおじさんは元軍人である。数多くのゲリラの襲撃をかいくぐって生き延びてきた野生的な勘は、半端なものではなかった。
常に周囲に神経を張り巡らせる癖のついてるマージおじさんには、わずかな周囲の異変(反応)といえど何かがあるのでは?と疑問を抱かせるには十分である。
しかし、今はさっさと家に帰って愛犬たちの面倒を見てやりたかった。 それにもうひとつ気になる事があった。
(附けられてるな)
足音の僅かな気配からおじさんは尾行されていることを察知し、なぜ尾行されるのかをあれこれ考えていた。だがその理由に思い当たる節のある筈もなかった。ともかくその足音に集中していた為、一般人の反応がどうであろうとどうでも良かった。
しかも家につく頃にはいつの間にか尾行の気配も消えてゆき、おじさん自身、自分がさっきまで何を考えていたのかを考え出す始末であった。
マージおじさんの家は目を瞑っていても分かるくらいである。 というのも、まず獣くさい。そして近所迷惑にも犬たちの鳴き声がこだましている。マージおじさんは犬のブリーダーをして生計を立てているのだった。
敷地内を埋め尽くしている犬は、みなマージおじさんの愛犬である。 かわいい犬たちに囲まれて餌をやり、ブラッシングしてやり、不在時のお手伝いさんの餌のやり方にけちをつけているうちにその日は暮れ、そのままベッドに入るとぐっすり眠ってしまった。
さて日が明けてみると、今朝のパンがないことに気付いた。マージおじさんはそもそも相当に食べる方である。とりあえずパンを買いに出掛けようとして、自分が昨日のままの格好である事に気付いた。なんだかんだで昨日は慌しかったからね、と一人納得して朝の町に繰り出した。
しかし一ブロックも進まぬうちに、マージおじさんはまたもや尾行の気配を感じた。 長年の経験から今度こそ間違いという事はありえない。そのままおじさんは何食わぬ顔で袋小路に足を進めた。そして角を曲がると気配を隠して物陰に潜んだ。
程なくして男が現れた。 男は、塀に背中を預けて待ち伏せしていたおじさんを見るとあからさまに狼狽した。 おじさんは塀から背中を起こすと、後ずさる男を袋小路の奥に追い込んでいった。
「おやまあ初々しい反応だねぇ。あんた尾行は素人だね?さぁて、ゆっくり事情を聞かせてもらおうか?言っておくがあたしゃこういうのは慣れてるんだ、隠し事なんてしようとは思わないほうが身のためだよ。」
そういって腕をバキボキと鳴らす。
付近の通行人達は何事かと訝しげにこちらを見るも、そのままそそくさと過ぎ去ってゆく。 嵐の前触れを感じてか、鳥や猫もいなくなる。
すっかり怯えきって、逃げ道のない袋小路にはまり込んで腰砕けになった男を、マージおじさんは余裕たっぷりにしげしげと観察する。
「ずいぶん汚い格好だねえ、こんなよぼよぼのジジイが尾行やらされるなんてねぇ。おまけにどっかで会った事があるじゃないか。・・・そうだ、思い出した、バーノンの家の近くをうろついていた乞食じゃないか。こんなところで何してんだい?あたしに何か用があるんだろ?え?」
体格で二回り上回るマージおじさんは、小柄な老人の襟首を掴みにかかった。
「さあ、洗いざらい聞かせてもらおうか?昨今このあたりに来たばかりの不案内な乞食がこんなところに用があるわけねぇだろ!ん?」
がたがた震えているおじいさんは、おじさんの逞しい右腕に掴み上げられながらようやく口を開いた。
「私、乞食じゃないです。あなたを助けに来たんです。」
「あっは!嘘は休み休み言えよ?それともなんだ、あたしが貴様ごときの世話にならねえといけないとでも?中東じゃあなあ、捕虜を吐かせるのにどうやったか教えてやろうか?」
「何でもいいますっ!何でもいいますから!確かにあなたをつけていました、本当は秘密裏に処理するつもりでした。ほかの人に黙っていてくれるなら何でも言いますから!」
この時点でマージおじさんは、おじいさんをくびり殺しかねないほどの力で締め上げにかかっていた。
「秘密裏に、ねえ・・・。どうもお前は本当に工作員とかの類には失格なくらい初々しいねぇ。…いいだろう、祖国に誓って黙っといてやる。とりあえずお前の話を聞こうじゃないか。」
おじさんは力を緩めたが、老人は相変わらず宙ぶらりんだった。
おじさんが促すと老人は話し出した。
「実は私はハリー・ポッターと同じ魔法使いなんです。」
途端におじさんの腕に力がこもる。
「おやおや、嘘はいけないなあ?けしからん連中には罰を与えないと。」
「本当です!本来はハリー・ポッターの護衛が任務でしたが・・」
「あんたみたいなよぼよぼが?はん!嘘だろ?大体なんであんな罰当たりに護衛がいるんだい?そもそもあんなならず者が魔法使いだって?」
「だから言ったじゃありませんか、わたしは魔法使いなので魔法で彼を守ってるんです。ハリーは確かに魔法使いです。いまボグヴァーツ魔法学院の生徒ですよ。」
あまりにも非現実的な話に早くもうんざりしたおじさんは、きちがいのヨタ話に耳を傾けるのも嫌になって、もう何でもござれという気分になってきていた。
「おやまあ、あいつは更正不能不良少年院に行ってたんじゃなかったのかい?このあたしをたばかるとは。・・まあいいだろ、先を続けろ。」
「・・・なのですが緊急事態が生じました。魔法使いの存在は、われわれが平和に暮らすため、あなた方人間には隠されなければなりません。人間界で魔法が発動した場合には、それを解除したりもみ消したりするのも重要な任務なんです。」
「あたしにゃ関係ない!」
「いえ、そんなことはないんです。あなたはハリーに魔法をかけられました。」
「なに?」
「気付いていないんですか?その・・お尻の・・」
「尻?」
残った左腕で腰の辺りを探ると、指先に細長くやわらかい感触があった。おまけになにやら生暖かい。
「なんじゃこりゃあ!」
「何、って豚の尻尾ですよ。何で今の今まで気づかなかったんですか?普通お風呂に入るときにでも気づきますよ・・・。」
しかしもうマージおじさんは聞いていない。
「そうかい、そうかい、あたしゃあこんな物をくっつけて歩いていたのかい。道理で・・・、そりゃあ通行人も面白いものを見られて結構だったことさね。」
おじいさんを締め上げる腕に、さらに力がこもる。
「あたしゃあ悲しいよ、信じていたのに。どうしてあの子は、年老いた哀れなおばさんに恥を掻かせて平然としてられるんだい?おばさんが世間様で恥を掻いて笑いものにされるのがそんなに楽しいのかい!!!」
怒りのあまり、マージおじさんは心なしか震えているようにすら見える。
「元に戻せ!今、すぐ!」
「は、はい!では。」
おじいさんは懐から杖を取り出すと何事か唱え始めた。
「全く、昨日からお前はあたしをつけていたんだろ?知ってるんだぞ!どうしてもっと早く、それこそ昨日のうちに教えなかった!!」
「・・・からこの者を解き放て・・、そりゃあこれも魔法の内ですからね、あなた方人間(マグル)に見られては困るんです。だからあなたが一人になるのを待っていたんですが、なかなか一人になってくれなくて。おまけにあなたの家は犬だらけじゃありませんか。魔法無しではとても進入できませんよ。・・はい、もとに戻りましたよ。」
おじさんが先ほど尻尾がくっついていたあたりを探ると、果たして尻尾はなくなっていた。
「それにしても、あなたもひどいじゃありませんか。あんなふうに暴力的にあしらってはハリーがあんまりですよ!」
しかし、いくら正論とはいえ、当然怒りの収まっている筈もないおじさんに対して直言をすることは賢明ではなかった。
「もういい!!」
思わずマージおじさんは力を入れすぎてしまった。 ゴリラを上回る怪力に、いとも簡単におじいさんは落ちてしまった。 おじさんは老人が泡を吹いてぐったりしてるのに気づくと、ようやくその襟首から手を離して地面に叩き付けた。もうすでに老人のことなど頭にない。手がわなないている。目は怒りのあまり充血している。
「あのくそがきぃ!!手加減していればいい気になりおってぇ!!今度こそ殺してやる!!学校になど行かせるものかぁ!!確か今日だったな‥ロンドンに行くのは。まだ間に合うぞ・・。首を洗って待ってろ!!」
怒号を上げると、おじさんはその体型からは想像もできないほどのスピードで走り去ってしまった。 崩れ落ちた魔法使いの手から杖が零れ落ちる。
本当は、仕上げにマージおじさんの記憶からおじさんに話した事や魔法に関係する事を消しておくつもりだったのに・・・。
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